税理士や経理担当者から試算表又は決算書を受け取った際に、損益計算書に表示されている利益の金額と、自身が把握している預金の増減が合っていないと感じた経験は有りませんでしょうか。また、合わない理由を確認してもその時は一時的に理解したものの、その後は『合わないもの』と位置付けて、会計と資金を切り離して考えるようになってしまっている方もいらっしゃるのではないかと思います。
今回は、合わない理由を改めて把握して頂くと共に、合わなかった時に確認すべき項目を解説したいと思います。また、ズレの原因は必要売上高の計算や資金繰りの改善、さらには今後の資金計画に大きく影響する事項でもありますので、是非スッキリと整理するのに役立てて頂けると幸いです。
前回の記事で全般的な事項を記載させて頂きましたので、こちらでは業種別の事例を交えた解説を実施して参ります。もし、こちらの記事が分かり易いと感じて頂けた方には、是非前回記事にて大枠のお話もご確認頂けますとよりイメージがつかみやすいかと思います。
会社の利益と預金が合わない 導入編
今回は、飲食店にて、会社の利益と預金の増減がズレる要因について解説します。売上と原価に注目されがちな飲食店ですが、人件費や家賃といった重要かつ多額の支出を抱える業種になりますので、目標売上の設定に際しても実際に資金繰りが回るかが非常に重要になります。利益が出る事も大事ですが、資金繰りもプラスとなるような売上目標を設定できるように、まずはズレの要因を把握しておきましょう。
<前提>
従来、飲食店は現金商売に分類され、売上を現金で受け取り、仕入等を現金で支払っていれば、毎月の利益と預金は一致するものとされていました。
しかし、支払手段の多様化によりお客様の支払方法としてクレジットカードのみならず、多くの方法や端末を用意する必要があり、結果としてお客様から直接現金を受け取らずに後日決済代行会社やクレジットカード会社経由で受け取る事も多くなりました。
またその他にも商業施設に店舗を構えている場合ですと大家経由で入金される場合等、現金で売上を受け取れないケースも多く存在します。
仕入や消耗品等の購入についても最初は現金取引のみという業者さんも多いかと思いますが、次第に掛け取引に移行が可能になり、仕入と支払のタイミングのズレも生じてくるかと思います。
そして、日々の資金に加えて一番影響を与えるのが、開業時に要した設備投資関連になります。飲食店を自己資金のみで開業出来る方は少数になるかと思いますので、借入やリースが開業時から発生していることが多くなっています。
上記の結果、売上はある程度立っているはずなのに人件費の支払いが苦しい、資金繰りは悪いのに税金(消費税)が高い、等の状況が生じ得る状況にあります。そこで、以下要因別の影響を列挙すると共に気を付けるポイントを解説していきます。
<借入・リース>
借入金は、そもそも損益に反映されないものになります。会計上では借入という行為は預金(資産)と借入金(負債)が同時に増える取引ですので、このような金融取引自体は損益には反映されない事となっているのです。したがって、追加の借入があった場合には、利益に対して借入金額分預金残高は大きくなっているはずですし、毎月の返済分については利益に対して、その返済額分預金残高は小さくなっているかと思います。
つまり、仮に会計上利益が0であった場合、問題無いわけでは無く、借入金の返済額分預金残高は減少している事となります。つまり、毎月の最低限必要な売上高を考える際には、毎月の経費に毎月の返済額を加算して考える必要があります。
決算時等に、借入金がどれだけ損益外で預金残高に影響を与えたかを把握する際には、前期末と当期末の借入残高の差額を把握して頂ければその分が損益を経由せずに預金残高にインパクトを与えた金額になりますので、借入残高が増えていれば利益よりも預金残高は大きく、借入残高が減っていれば利益よりも預金残高は小さくなる方向へ影響するのです。
<設備投資>
開業時の内装工事代等もそうですが、その後の定期的な修繕活動やリフォームを実施した場合には、会計上は支払時に経費には出来ずに、固定資産として計上して減価償却を通じて一定期間で按分して経費処理を行います。
基本的には1つ10万円以上のものになりますが、会社の状況に応じて複数の会計処理方法からの選択が求められている箇所でもありますので、貸借対照表の残高で増減を把握して頂ければ増加した分は購入して支払ったけど、まだ経費には計上していない分、つまり今後長期間をかけて経費としてタイミングのズレが解消していく分になります。
なお、前の年に購入したモノで固定資産に計上した分については、逆に、支出は今期は無いものの、減価償却費として経費になるものですので、こちらは支出は無く経費になったものとして、利益を小さく、預金を大きく見せる方向に当初のズレの解消へ働いているモノとなります。
なお、融資を受けて設備投資を実施した場合、毎月の会計上の損益では、借入金の返済分利益よりも預金残高が減少するのに対して、設備投資の減価償却分は利益より預金残高が増加するという関係にありますので、毎月の返済額と減価償却費のどちらが大きいかは把握されておいた方が良いかと思います。
<掛け売上>
前述の通り、お支払い手段として現金のみを提示している店であれば、売上を原因とした利益と預金増減の差は生まれません。しかし、ある程度の支払手段を用意しておくことが現在の主流と言えるかと思います。クレジットカードや各種キャッシュレス決済の場合、どのサービスを利用するかによって、利益と預金残高には大きな乖離が生まれる可能性があります。
こちらは、どのサービスを利用するかを決定する際にも重要になりますが、利益と預金の関係に関していえば、締日から入金日までの日数が影響する事となります。最近ですと、最短決済日の翌日というサービスもあり、その場合には、当日の売上代金を翌日の支払いに充てる事も理屈上可能となりますので、影響は非常に小さくなります。一方で、従来のクレジットカード決済のように、月末締め翌々月5日入金のような形の場合、例えば、4月1日の売上分は4月末締めで、6/5入金という形になりますので、最長で売上日から2か月以上後に入金される事となります。すなわち4/1の売上を獲得する為に要した仕入や人件費等の支払よりもはるか後に入金されるため、運転資金として最低でも2か月分の預金残高が無い限りは、資金繰りは非常に苦しくなります。
色々な支払手段を検討される場合には、手数料や操作のシンプルさ等も重要ですが、是非こちらも念頭に入れて頂きつつ、現在のサービスで資金繰りに苦しさを感じている方については、積極的に自社に合ったサービスへの切り替えを検討するのも良いかと思います。
一方で、商業施設などに出店されている場合等、商業施設経由で売上代金が入金される場合、当初の契約書で定められており、売上代金も家賃や管理費等を差引いた後の金額が入金される場合が多いかと思います。入金サイクル等を事後的に変更する事は難しいので、現状の入金サイクルを前提とした資金繰りを検討する事が必要になります。
また、最近は少ないかもしれませんが、いわゆるツケでの支払を認めている大事な常連さんがいらっしゃる場合には、その分も売上の入金が遅れる原因となります。1人でしたら少額ではありますが、他の人も認めざるを得なくなる場合や突然お店に来なくなってしまった場合等、悪い方向への影響も多いので、個人的にはあまりお勧めはしない次第です。
決算書上では、これらの未入金分については、売掛金として処理されますので、実際に影響を与えている金額については、売掛金の残高の増減を見て頂ければ把握は可能です。売掛金が増えている場合には、売上は増えている一方で、入金が遅い売上が増えている可能性が高いので、資金繰りの検討時の情報としてご利用頂けるかと思います。
<掛仕入>
仕入についても現金で行っている場合には、会計上の利益と預金残高の増減は一致する形となりますが、いわゆる掛仕入の場合には、仕入てから代金を支払うまでの間に時間がある場合には、その分が資金繰りにはプラス方向の影響を与える事になります。
例えば月末締め翌月末支払の場合ですと、月初に仕入れた分の支払は翌月末ですので、仕入れた月と翌月支払までの間に売上を獲得できれば、その獲得した売上から代金を支払う事が出来ますし、次の仕入れにも回すことが可能となります。一方で、現金仕入れの場合には、売上より先に支出が出てしまう事となります。
会計上は掛仕入の未払い分は、買掛金として表示されますので、買掛金が増加している場合には、会計上の利益に対して資金的には支出は未了、すなわち預金残高は大きくなる方向へ働いているはずです。
仕入先からの信用に大きく影響する取引にはなりますが、ある程度の期間の掛仕入を出来るように信用を獲得して頂ければ、資金繰りには良い影響を与える事になりますので、支払いサイトの見直し交渉も資金繰り改善の一つの手段になります。
<在庫>
決算日時点で仕入れたものの、まだ使っていない食材や消耗品等は、損益計算書上では原価や経費としては処理されずに決算書上たな卸資産として資産計上される事となっています。
こちらは、既に仕入れているので、預金はその分減っているものの、経費としては計上されないものになりますので、利益と預金残高増減に乖離を与える要因になります。
生鮮食品等を主に使われている場合には、金額としては大きくはならないかと思いますが、長期保存可能な加工食品や高額なワイン等を扱われている場合には、在庫の金額も大きくなり、影響額も大きくなる可能性がありますので、注意が必要です。
こちらも同様に、在庫の前期末残高と当期末残高を比較して頂き、増えていればその分利益よりも預金残高はマイナス方向に、減っていればプラス方向に働く事になります。
<前払>
飲食店の場合、前払をする取引としては家賃や年間契約したサービス等が多いかと思います。これらについては、会計処理方法によっては前払として認識しない事も一定の要件の元認められていますので、該当取引があっても必ずしも該当しないかもしれませんが、仮に何か多額の前払いが有った場合には、前払金又は前払費用の残高をご確認頂き、それが増えている場合は利益に対して預金は減少し、減っている場合利益に対して預金は増加している事になります。
<掛け支払>
仕入や経費の支払いについても、月末締め翌月末支払のように、発生から支払いまでの期間があるものがほとんどかと思います。仕入と同様にこちらの期間が長いほど、その期間中の売上を支払に充てられる事になりますので、資金繰りには良い影響を与える事になります。
利益に対して資金繰りに与える影響としては、未払金又は未払費用の残高をご確認頂ければ把握可能ですので、残高が増えていれば、利益よりも預金残高の増加は大きくなっているはずです。
なお、飲食店の大きな経費の内、家賃については支払時期の交渉は難しいのが現実かとは思いますが、人件費については、締日から支払日までの期間を少し伸ばすだけでも資金繰りは大きく改善します。労務のルール上1か月以上には出来ませんが、もし当月分当月払いの場合には、従業員に個別に配慮の上検討しても良いかもしれません。